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大橋の「世間を斬る!」 食中毒事件から7年、株式会社東京スミスの本多社長にインタビュー

2018.6.4 19:37

浅草の有名店が今、岐路に立たされています。

今回取材したのは東京都台東区にある飲食店「とんかつ とお山」。
店長の本多有太代表取締役に話を聞きました。

―食中毒事件から7年がたった。

本多「あのときはたくさんの人に迷惑を掛けました。本当に申し訳ございません」

―原因は。

本多「もともとは、親会社の東京スミス不動産が事業に失敗し、取引のあった反社会的勢力に多額の負債を負ったのがはじまりでした。副業で始めたスイーツ専門店は、「しばき隊」によるステマや、そこから紹介された弁護士とのコラボなど、なりふり構わず宣伝を行いましたが、わずか2ヶ月で閉店。翌月には、10年続いた婚活バーも資金難から閉店しました」
編注:りんご飴専門店・Tokyo Sweets Mafia、ジェンガバー・Singles Bar GREENが相次いで閉店している。現在跡地はいずれも東京都の産業廃棄物最終処分場となっている。

―そんな中犯罪に手を染めた。

本多「はい。私がプロデュースした飲食店、あえて実名を挙げますが、とんかつ二代目遠山、からあげ弁慶という2店舗です。これらの店舗では、保健所の食肉衛生検査を通らなかった畜肉や、他店で廃棄処分になった食材、放射性セシウム濃度が基準値をはるかに上回る米などを、六本木の高會堂ビルにあるヤミ業者から安く買い取り、食材として使用していました。原価を下げ、経営を立て直すためです」

―良心の呵責はなかったか。

本多「生きるため仕方なかった、と自分に言い聞かせていました」

―しかし、事件は起きる。

本多「当店でとんかつや唐揚げをお召し上がりになった181名のお客様が下痢、嘔吐など食中毒の症状を訴えました。そのうち小学生女児を含む5名がお亡くなりになりました。遺族の方々には、改めて深くお詫び申し上げます」

―当時はマスコミから相当なバッシングを受けた。

本多「はい。その頃の新聞記事には、不衛生、放射能汚染、食中毒、人殺し、死亡事故などの単語が毎日飛び交っていました。ネガティブなイメージを一新するため、店名をそれぞれ「とんかつ とお山」「からあげ とお山」に変更した今でも、当時のマイナスイメージは払拭しきれていません」

―現在の衛生管理に不備はないか。

本多「近年は、特に人や家畜の糞便に汚染された食品や水に含まれやすい、腸管出血性大腸菌O157やノロウイルスの検査に力を入れています。また、ある初老の会計士の先生から、毎年自家製のコーンやニラを分けていただくなど、仕入先も工夫しています」

―悩みがあるという。

本多「現在はお客様、スタッフともに当時の事件を知らない方も多いのですが、先日アルバイトの女の子が泣きながら電話してきました。なんでも、インターネットで店名を検索するととんかつ とお山 食中毒事件とんかつ とお山 放射能汚染と出てくるようで、それで当時のニュース記事を発見したそうです。社長が人殺しとは知らなかった、もう辞めたい、とお山のスタッフを名乗るのが恥ずかしい、などと言っていました」

―自業自得では、との声もある。

本多「7年前、原発事故による汚染米や食肉衛生検査不合格品を提供することにより集団食中毒事件を起こしてしまい、結果5人もの尊い命を奪ってしまったことについては、深く反省しています。これからは地域の皆様に信頼される店になれるよう、『とんかつ とお山』、『からあげ とお山』のスタッフともども、粉骨砕身、努力してまいります。是非ともご来店の上、皆様の厳しい舌でチェックしていただければと思います」

そう語る本多有太店長の目には、涙はありませんでした。
どこかすっきりとした晴れやかな表情で未来を語る彼の姿に、私たち取材クルーは強い違和感を覚えました。

多数の死者を出した食中毒事件から7年。運営元の東京スミス社のゆがんだ体質を、抜本的に変えていく必要がありそうです。

文責・大橋清貫(三田国際学園)

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